前田一歩園財団の森林から報告する
エゾシカ問題の現状と課題
(平成14年2月1日)
エゾシカへの給餌については、「what's new」で「阿寒国立公園の前田一歩園財団山林“エゾシカに餌を与えて森林被害を防ぐ”何時でも見れますボッケ散策路で」と題して紹介しましたが、平成5年から12年までの8年間に亘って財団が管理する阿寒湖周辺の森林で取組んできた状況を、「阿寒湖カルデラ・エゾシカ奮闘記」(平成12年11月報告)と「阿寒湖カルデラ・エゾシカ森林被害“ビート滓給餌で驚異的な効果”(第二報)」(平成13年11月報告)でとりまとめ公表していますので、全文を紹介します。
(報告者:前田一歩園財団常務理事 高村隆夫)
平成10年までは、毎年のように全山で見られたエゾシカの樹木被害は、平成11年の冬から実施した給餌事業が効を奏して完全に防がれるようになった。今は見られなくなった過去の被害の凄さを写真で見ていただきたい。
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阿寒湖カルデラからオヒョウニレが姿を消そうとしている。天然更新してくる稚樹が激減している。密生していたクマイザサもミヤコザサと見間違うまでに矮小化してきた。厳しい冬期間のエゾシカのサバイバル・ゲームの結果、国立公園特別保護地域の森林景観や林床植物などの生態系にも影響が出はじめてきている。
森林のためにもエゾシカのためにも、このまま放置しておいていいのだろうか。
今、阿寒の森林は周辺地域の森林伐採や草地造成などで越冬場所を失い、農地の「万里の長城作戦」で追い出され、ハンターの目を逃れたエゾシカが群れとなって鳥獣保護区に指定された前田一歩園財団の森林に入ってくる。身近にエゾシカを見ることのできる観光客は「さすが北海道だ」と大喜びだが、森林を管理する立場の財団としては国立公園としての森林景観を維持していけるのか、財産管理の責任は問われないのか、厳しい立場に置かれている。
特に、湧水で涵養される小河川・湖岸・阿寒川などの周辺の湿潤な森林は、エゾシカの樹皮食いの影響を受けて危機的状況に置かれている。農作物や植栽したばかりの苗木が食べられてさえも大変だと騒いでいるが、50年・100年の歳月をかけて育ってきた樹木がまたたく間に枯れて森林が明るくなっていく姿を見ていると、林業という超長期の生産業の宿命みたいなものを感ずる。
毎年、樹皮食いが繰り返される森林(写真-1参照)は、真夏だと言うのに枯れた木が林立してまるで灰色の死の世界の不気味ささえ感じさせる。
猟友会の長老の話を聞くと、阿寒湖周辺では昭和20年代にはエゾシカの姿を全く見ることがなかったという。昭和30年に入り、ようやくピリカネップの標高800メートル付近にある白水ボッケで足跡を見かけるようになり、昭和30年代後半から40年代にかけて小さな群れで移動する姿が時折確認されるようになったという。昭和50年代に入ると、常時エゾシカの姿を見ることができるようになるが、樹皮食いは胸高直径10センチメートル以下の小径木に集中、エリマキやツリバナ、ノリウツギなどにとどまっていたという。
特に、昭和59年鳥獣保護区の指定を受けてから急激に数を増しはじめ、平成年代に入ると森林被害は小径木の全樹種に拡大、中・大径木はオヒョウニレに集中、被害木を伐採するため林内が明るくなった森林、被害木を搬出することができないため放置されたままの無残な森林、ササが矮小化したり消えてしまった森林、自然に生えてくる後継樹が極端に少なくなった森林などが増加してきた。
絶滅寸前まで追いつめられたエゾシカが100年余の歳月を要したとはいえ、これほどまでに個体を繁殖させてきた生命力の強さに驚きを禁じえない。
平成5年、オヒョウニレの樹皮を食べるエゾシカ(写真-2参照)の群れる森林や被害木を積上げた土場(写真-3参照)で説明を受けながら、事態の容易ならざることが実感された。
庭園木の中でもイチイは大好物、前足を幹にかけて枝や葉を食べるので下枝の高さがまるで剪定されたように揃う。これをディア・ラインといっている。冬囲いをしたムシロや縄までも食べられる凄さといおうか、野生動物が厳しい冬期間を生き抜く生命力の強さが実感される。
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早速、阿寒の森林の生き字引、われわれが「阿寒のどろ亀さん」と呼んでいる前常務理事の新妻栄偉氏に相談した。「林業は超長期の生産事業。目の前で起きたことに一々反応していたのでは山の管理はできない。山火事か台風に遇ったと思ってしばらく様子を見て、それから判断しても遅くはない。ある程度の犠牲はやむをえない。」と言われ、ホット胸を撫で下ろしたことを覚えている。
まず、被害の実態を把握し、次に考えられる対策を全て洗い出し、それから行動に移しても遅くないと判断した。
財団では回帰年10年の天然林施業を採用している。毎年、択伐のために実施している選木調査と平成4~8年度に実施した森林現況(森林資源)調査に連動させて全域のニレ属に限定したエゾシカ被害調査を行った。
この結果、全森林面積3,593.08ヘクタール内に、本数で95,848本、材積で39,545立方メートルの被害を受けている実態が明らかになった。
この情報は平成9年1月8日付北海道新聞朝刊のトップ記事としてカラー写真入りで「シカ食害、ニレ全滅の危機(阿寒湖畔の前田一歩園財団所有林)」・サブタイトル「9万本、被害10億円、景観と生態に懸念」と報道されたのをご記憶であろうか。
これでようやくエゾシカの森林被害の実態が認識されるようになり、以来、テレビ・新聞などが定期的に現地を取材するようになったのである。
この調査結果を林班単位の被害量(1ヘクタール当りの被害材積)で表し、「
ニレ類の被害分布図(図-1参照)
」として示した。被害額10億円について根拠を求める人もあったが、われわれははじめから被害本数と材積しか公表していないし、実際、稚樹・幼樹の被害や改変された環境まで考えるとお金に代えることのできない大変な損失と考えている。
しかし、これで正しい被害量が把握されたかというととんでもない、調査を終える後からどんどん食害を受けていくので正確な数字は分からないのが実情だ。おそらく、毎年、年成長量の半分に相当する7~8,000立方メートルの立木材積と次の世代を担う数え切れない稚樹・幼樹がエゾシカの食害によって消えて行っているはずだ。
これらを踏まえて「
エゾシカ対策検討資料(試案)(表-1参照)
」として、平成10年に公表した。
天敵のオオカミを放すことやエゾシカを捕獲して不妊手術を施すこと、エゾシカが好んで食べる樹種を植林して仕立てた犠牲林を造成することなど、最初から不可能と思われるバーチャルの世界の対策も羅列しながら考えられるものを全て挙げていった。不妊薬や避妊薬の散布、立木に嫌忌剤を塗布するなどの対策も頭の中では考えたが、例え、効果的な新薬が開発されたとしても、これまで財団では設立当時ノネズミが異常発生した時アカエゾマツの造林地にリン化亜鉛剤を散布して以来、水道水源やヒメマス・ワカサギなど漁業への影響、さらには山菜やキノコにも配慮して殺鼠剤や除草剤、病虫害防除用農薬など一切使用してきてこなかった経緯があるので、薬剤使用は最初から頭の中にはなかった。
また、スピーカーなどでエゾシカが嫌がる音をだすことは、国立公園を訪れる観光客への騒音公害が考えられること、擬弾や空砲にしても職員・作業員全員に猟銃のライセンスが必要になる上、安全対策や雪で覆われたこの広い区域をパトロールすることができるのか課題が多かった。
最も効果があると思われる有害駆除については、平成9年頃までは自然保護を目的とする環境財団として相応しくないとの観点から、最後の手段として心の片隅にしまってきた。これらの対策を実行に移していくためには、ありのままの姿をテレビ・新聞などを通じて世間の人々に知ってもらうことが先決だと考え、阿寒湖にエゾシカが集結する晩秋や樹皮に群がる厳冬期、平野部へ出て行く早春の移動期、被害が目立つ春先などタイムリーにマスコミの方々に声をかけ、現地説明や視察の機会をつくってきた。
これまで視察や研修・報道を目的に研究機関や委員会、官公庁、林業・環境団体、学生、留学生、森林所有者、報道関係など沢山の方々が財団の森林を訪れたが、ほとんどの方々は夏から秋に集中しておりエゾシカの生態や被害の実態を観察するには一番条件の悪い時期で、職員や作業員の話・写真・映像・資料などからどれだけ財団の森林のエゾシカ被害の深刻な状況を受け止めていただけたか気にしているところである。
これまでにエゾシカから森林を守る具体的な手段・対策を提案していただいた方はいないと言っていいし、あったとしても頭の中で考えた、金と人手と効果の不透明な話ばかりである。農業の遠大な「万里の長城作戦」が阿寒の森林の周辺に張り巡らされるようになってますます危機感を持つようになった。
平成5年から段階的に取組んできた経過を「
前田一歩園財団エゾシカ対策(図-2参照)
」で見ていただきたい。
財団の森林にエゾシカの被害が出始めて20年余り、ただ、傍観していたわけではない。自然との共生を如何に図っていくか、森林は台風や病虫害などの発生によって自然淘汰を繰り返し、環境にもっとも適応した個体を残し、再生していく。山火事やエゾシカの樹皮食いもこれと同じ考え方ができないか。森林環境を構成する植生群落の遷移という超長期のステージの中で起きる一時的現象と捉え、今・現在、北海道が全国に先駆けて取組んでいるヒグマ・エゾシカの野生動物分布等実態調査や平成3年から着手している野生動物保護管理システムの成果が確立するのも間近なこと、入林者の安全を確保することなどから、隣接する森林所有者には猟区として開放するのはもう少し待ってもらえないかと要請してきた経緯がある。
エゾシカ保護管理計画ができるまでは、例え、オヒョウニレの大半に樹皮食いがでても「エゾシカとの共生を図っていくためには、ある程度の犠牲はやむをえない」と考えていた。
調査に幾らお金をかけても、幹の周囲を食害された樹木や幼樹、稚樹は生きかえってこないし、森林の環境は復元されない。例え、どんなに正確な被害量が把握できたとしても、食害され枯れた樹は再生されない。調査に助成金でも出るのであれば話は別であるが、死んだ子の歳を数えるような無駄な調査をしても森林は返ってこない。
それでも平成10年、財団の山荘庭園からボッケにかけての89林班1小班10.08ヘクタールが15~16頭のエゾシカの群によって集中的に食害された悲惨な状況を観光客にアピールするため、急遽、職員4人で半日かけニレ類に限定して419本、151立方メートルの被害調査し、テープを巻いて半年間展示したこともある。
また、平成11年の冬には、財団の山林で唯一餌付けをしなかった硫黄山川沿の92・93林班149.40ヘクタールだけに大被害が発生(写真-4参照)、餌付箇所との比較資料とするため8人の調査員を二日半入れて初めて全樹種を対象にした「
エゾシカ被害調査表(表-2参照)
」を取りまとめ、被害本数2,929本、被害材積790立方メートルを確認し餌付け効果の大きさを実感したのである。
調査費に金をかけるくらいなら防除対策に充当したい気持ちだ。
今後、財団ではエゾシカの密度調査をするだけの余裕がないので、被害が出続ける間は過密であると判断、防除対策に取組むことにしている。金と人手と時間をかけても正確な結果を得られないもどかしさから、祈るような気持ちで被害調査に取組んできた。
ガンジーの無抵抗主義ではないが目の前でエゾシカが樹皮を食べるのをみすみす見過ごすのも能がないので、いずれ被害が終息した時点で天然更新用の種木(母樹)として残しておくため、樹幹にネットを巻いて保護することにした。平成7年、早速余っていた金網で104林班のオヒョウニレに使用したのがエゾシカ対策に取組んだ始まりである。
この後、ネット巻きについては北海道水産林務部が試験事業として取り上げ、財団の森林内で資材の比較試験を実施し、経費や効果、扱い易さなど総合的に判断した結果、軽くて加工し易く耐久性もあるということで、現在の土木工事用資材であるプラスチックネット(2m×30m/巻、36,000円)に決定、平成9年からはプラスチックネット(写真-5参照)一筋に取組んできている。経費も1本当り4,000~5,000円位かかることから、予算の関係で年間500~700本位しか巻けず、これまでネット巻きした総数は4,000本程度にとどまっている。財団の樹木の総本数(胸高直径4cm上)は393万本あるので、ネット巻した樹木の割合は全体の0.1%に過ぎない。
いろいろな資材を使ってみたが、軽くて加工し易いプラスチックネットが一番だ。幹の半周を食べられたミズナラなどの大木にも防護ネットをかけている。道路を突然横断するエゾシカによる交通事故を避けるため効果を発揮するネットと道路のエゾシカが逃げ込むワンウェイ・ゲート。
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このネット巻きには、平成12年春、道立標茶高校に新設された総合学科の生徒150人が2泊3日で阿寒湖温泉を訪れオリエンテーションの一環としてアイヌの伝統文化や財団の森林とエゾシカの学習で三班に分かれて雪の中でエゾシカの観察やネット巻き(写真-6参照)を体験して貰った。また、この10月22日にはスポーツフィッシング協会のメンバーが、阿寒川流域のネット巻きをしてくれるなど、エゾシカから森林を守ろうというボランティア的行動が生まれ、森林とエゾシカの関わりを現地で見て触れて体験的に理解する動きが出てきたことは遅きに失するが大変よかったと思っている。
原則として、被害木は伐採してパルプ材として利用されるが、放置しておいてもいずれ枯死するだけなので廃材利用ではないが少しは役に立てることができないかと、幹の上部と枝に残っている樹皮を伐倒して餌として与えることにした。これには予想以上の効果が見られ、伐倒された木の樹皮は一晩で完全に食い尽くされ(写真-7参照)、また、土場に積み上げた丸太や刈り払った枝条にも樹皮を求めてエゾシカが群がり、伐倒に携わる作業員にエゾシカがついて歩き回るという行動習性が見られた。作業員が後からついてくるエゾシカに手を出したら捕まえることができたとう話も聞いている。樹皮食いの最盛期は2~3月の積雪期なので、この対策も除雪した林道・作業路の近くに限定される。
被害を受けた樹木は直ぐ伐り倒して餌木として与える。また、山土場では丸太を造る時、枝や葉を積み上げて与える。一晩で丸裸になる旺盛な食欲である。
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マリモ国道の森林帯が途切れる阿寒川橋以南の草地では、狩猟期が終わったり有害駆除をしない時期になると、常時50~100頭余のエゾシカの大群が牧草を食べている光景を見ることができる。一見、エゾシカ牧場でないかと錯覚するくらいである。これをヒントに平成6年頃から牧草を餌として与えれば樹皮食いが防げるだけでなく観光客にも喜ばれるのではないかと考え具体的に検討してきた。
そのころ世間では「エゾシカに餌を与えるとは何事か」「野生動物の生態系に影響が出る」などと言う声もあって、都市部に住む人々に騒がれ、研究者に叩かれ、報道機関に煽られるのも馬鹿らしいと、大変消極的な考え方をしていた時期でもあった。
しかし、その後被害は治まるどころか増えるばかりで、財団の責任者として森林管理業務を放棄したのかとの意見まで出るに至り、何でもやるしかないと決心する。
これまでの被害総量は正確には計量できないが、類推しただけでも立木材積でゆうに10万立方メートルは超えていると見込まれ、これに稚樹や幼樹の食害を加えると大変なものになる。
平成10年の秋、池田町に鹿実験牧場を持つ佐藤健二氏がビート滓を固形化した餌をエゾシカに与えてから牧場内の樹木に樹皮食いが全く見られなくなったと言う話を聞き、早速、担当者を現地に派遣、具体的に検討させて平成11年度の事業として予算化したのである。
唯、100ヘクタール余の閉鎖的な牧場の事例が3,600ヘクタールの開けたフィールドの財団の山林でも通用するのか迷いもあったが、何ヶ所かで山林を借りて試験もされており、500~1,000メートル位の範囲内のシカを引き寄せ、数キロの距離を誘導することも可能であるとの佐藤氏の実績にもとづく自信に満ちた話を聞き、平成11年秋から佐藤氏には何度も財団の森林に足を運んでいただき指導を仰いだのである。
日光国立公園や知床半島で起きているミズナラへの樹皮食い情報を耳にしながらも阿寒湖だけは例外であって欲しいと祈るような気持ちで見守っていたが、平成10年秋、阿寒湖北岸のチュウルイで特別天然記念物マリモ発見100周年記念植樹の2m位の苗木が一晩で全滅、また、その冬には森林内の貴重なミズナラの中・大径木に被害が出始めた。樹皮食いは小径木や稚樹・幼樹については樹種に関係なく、また、中・大径木もイチイ、トドマツ、オヒョウニレ、ハルニレ、ナナカマド、イタヤ、ハンノキ、シナノキ、タモ、ミズナラ、キハダ、シュウリザクラ、ミズキなどへと拡大、放置しておける状況ではなくなってきた。
北部森林の胸高直径150cm、樹令300年を超えると思われるオヒョウニレも食害にあい、慌てて僅かに樹皮食いを免れた胸高直径100cmを超える数本に急遽ネットをかけたりもした。
原因はエゾシカの数が多過ぎることだと分かっていても、これまで動植物の生態に関わる基礎的な調査・研究に十分な投資をしてこなかったため科学的な裏付資料を揃えることは不可能に近く、また、これからの調査・研究の結果を待つなどといった呑気なことを言っていてはその間にも被害が増えていくことは誰の目にも明らかである。エゾシカの数を調べろと言う意見もあるが、この広い区域を自由に動き回るエゾシカの数を正確に把握することは至難の技である。手をこまねいている間にもエゾシカは50年・100年かけて育った木の樹皮を食べて枯らしていく。われわれは被害の有無と状況で対策を検討するしかないと考えている。
どなたか実績と成果に裏付けられたエゾシカと共生できる具体的な方法があったら教えていただきたい。あれも駄目だ、これも駄目だ、挙句のはては国か道にやってもらえと言う意見も多いが、人のやることに完全なものはない。今考えられる最善の策を採るしかない。
批判する前に代案を提示して欲しいし、国や道への働きかけを言う前に行動して欲しい。人が天敵のエゾオオカミを絶滅させ、開拓・開発の名のもとにエゾシカの生息環境を壊し続けてきた結果、生態系のバランスを崩し今日の姿があるとすれば、これまた人間の英知を持って解決するしか方法はないだろう。
このような経過を経て平成11年夏、財団としては有害駆除以外に即効性のある対策は無いと苦渋の選択をしたのである。しかし、その効果は分からない。
魚を網で取るようにエゾシカを一網打尽にできないか。50~100ヘクタールの森林の周囲をエゾシカが飛び越えることのできない高さのフェンスで囲い、所々に開発局が使用している一方通行のワンウェイ・ゲート(写真-8参照)を取り付け、餌で誘い込むことはかなり確実な手段であると考えている。囲いの中に入ったエゾシカを捕獲するには麻酔銃も考えられるが、むしろ家畜を一列に並ばせて消毒池につけるように徐々に囲いを狭めていき、外の景色を見て飛び跳ね暴れないようにフェンスに目隠して片隅へ追いやり、終点部は1頭しか通れない巾まで狭め捕獲することを考えている。
ここで問題なのは、捕獲したエゾシカを生きたままで引き取ってくれるところがあるかということだ。道東地域の市町村では家畜の公営牧場を持ってはいるがエゾシカを扱うことは考えたこともないと言うし、狩猟で獲ったシカ肉も地元住民ハンターに限定して買い上げているという。肉を買い取るブローカーもいるにはいたが、後継者が居ないとか事業的規模で考えているところはなく、今の段階では構想として暖めている段階で、実行に移せないでいる。
この7年の歳月の中で、100,000立方メートルを超える貴重な立木(胸高直径4cm以上)被害と森林環境や林床植生の生態系に大変な影響を受け、加えて5,000万円を超える調査費・研究費、対策費を投下して、既述のとおり第1段階から現在の第5段階までのエゾシカ対策に悪戦苦闘してきたことになる。
被害木を伐倒整理することぐらいむなしい作業はない。用材として利用できる丸太はパルプ材価格で評価されればまだ良い方で傷物として値が付かない場合もある。林道や作業路から離れた被害木は経費がかかるのでそのまま立てて残すか、人が通る場所であれば危険を避けるため伐倒して切捨てておくしかない。特に、ニレ類は枯れて5~6年を経過すると幹や太い枝でも折れ易く、風などで事故に結びつかないかと大変気を使う。
この状況を現地視察した北海道水産林務部では財団の努力と事態の容易成らざることを理解いただき、早速、厳しい財政事情にもかかわらず平成9年度から北海道の単独事業「エゾシカ被害木伐倒搬出事業」として予算化していただき、3年間で250ヘクタールの被害林分に対し約2,600万円という大金を助成していただいた。森林管理事業が採算の取れない状況の中でエゾシカ食害木を自力で処理することは、森林経営の放棄にも繋がりかねない。エゾシカ被害が拡大して行く中で行政機関が現地の状況を的確に判断され、ネット巻き資材試験の実施や被害木伐倒搬出への助成など新規事業に配慮していただいたことは、まさに干天の慈雨であり有難いことと感謝している。われわれ財団の当事者は前田家の方々から託された森林を後世に繋げて行かなければならないと決意を新たにしている。
無残にも被害木が積まれた山土場が全山にできる。道路がなくて伐り出せない場所では、そのまま残すことになる。
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餌付については初めての試みということでエゾシカの生態や餌付効果などできるだけ詳しく記録として残したいと考え、東京農業大学生物産業学部生物生産学科動物資源学研究室に年間を通じて調査研究をお願いした。気温マイナス20~30度下での厳冬期の調査が中心で、特に、夜間の観察には大変なご苦労があったと思う。この調査研究は今後も継続される予定であり、その成果はいろいろな機会を通じて発表されると思う。
初年度の調査内容は、餌付け周辺の樹木構成や被害状況、被害度、餌場に集まるエゾシカの性別、令構成、採餌状況と、これらの季節的変化などについて取りまとめが進んでいる。
餌付け区域は車馬乗入禁止区域であり、ゲートで入林を規制できる北部山林阿寒パンケ林道沿いの1,753ヘクタールを対象に12箇所を設置してスタートさせた。
最初、餌を配置してからエゾシカが食べる(写真-9参照)までに7~10日間位を要しているが、一旦、餌を覚えてしまえば仲間同志連絡しあうのか糖蜜も岩塩も不要のようだ。
餌や餌に集まるエゾシカにヒグマが付いてトラブルを起こすのを避けるため、冬眠するのを確かめた上で平成11年12月20日からビート滓の餌を配置した。
餌となるビート滓は、大きさは縦35cm×横75cm×高さ35cmで重さ60キログラム、1個の値段は約1,700円である。
毎日餌を補給するのに二人がかりで半日を要し、雪が積もれば林道の除雪を必要とし、道幅が狭いため公道を除雪している業者では役に立たないので前田一歩園林業の職員があたっている。
餌を配置しなかった北部地域以外の中部・南部山林にエゾシカの樹皮食いが出始めミズナラにもつき始めたので、平成12年1月6日から徐々に配置箇所と餌の数を増やしていった。餌の配置は、「給餌場所」(図-3参照)のとおり。12月は2箇所・2個、1月は15箇所・16個、2月は22箇所・36個、3月は22箇所・50個、4月は23箇所・52個と積雪が増し餌が採り辛くなる春に近づくにしたがって数を増していった。毎日、餌を補給するために職員が見廻っているが、一番多い時には758頭のエゾシカが確認されている。
エゾシカの人間に対する警戒心は強く、簡単に映像を撮ることができない。阿寒川流域のミズナラの純林で寒さに震えながら待ち構えること15~20分、5~6メートル離れた大木の陰からデジカメやデジタル8ミリビデオを操作する音、われわれ人間の匂いを警戒しながら餌には我慢できず恐る恐る近づいてくる姿を観察することができる。体を動かすと飛ぶように餌から離れて逃げるが、また、若手から抜き足差し足で餌に近づいてくる。見通しのよい送電線の下に配置した箇所では、オープンスペースのため危険を感ずるのか100m位離れた箇所に車を止めて見ているだけでも、1頭が餌から離れ始めるとドミノ式に次から次へと全てが林の中に逃げて行く。水呑場となる河川沿いの針葉樹林内に群れとなって休み、餌場に通勤しているように見える。エゾシカの行動を観察するため財団事務所の脇に置いた餌場では、ボッケ周辺を寝城に17~18頭の群が朝から夕方にかけて何回も訪れるサラリーマン出勤型の行動が見られ、最初、一個しか置かなかった時には1頭の雄が独占状態で近づく鹿を威嚇して寄せつけず雌や子鹿は廻りで傍観しているだけであったが、餌を2~3個に増やすと平和そのもので仲良く食べている状態が観察された。7~8個餌を配置している阿寒川流域の通称ナラワラでは、2~3のグループが180頭集結しており、一つのグループが食べ終わるまで他のグループは近くで待機していて交替して食べているように見える。餌を待ちきれない若いエゾシカが苛立つのか、本当に食べるというよりは近くの樹の皮を軽く剥く悪戯をする。餌にエゾシカが群がる光景にドライバーが目を奪われて事故に繋がらないよう、餌場は国道から見えない箇所を選んでいる。寝城の阿寒川と餌場の森林の間を通っているマリモ国道では、往来するエゾシカの群れのため数分間交通が止められることがある。
また、餌付したことによって何時までも餌場に留まるのではないかと考えられたが、3月中旬をピークに4月下旬までには全てが移動していなくなってしまったので、エゾシカの移動習性は失われていないことが確認された。
餌場から2~3キロメートル離れた森林をスキーでパトロールしても樹皮食いが見られないことから、その効果の威力に驚いている。
餌場から1~2キロメートルの範囲であるが、財団の森林では100パーセント近い効果があったと判断している。
また、2月後半から春にかけて背中の脂が削げてげっそり瘠せるのがこれまでのエゾシカだったが、この冬の財団森林内のエゾシカだけは丸々太っているのが特徴だと春先の有害駆除に参加したハンターから確認している。
今回、餌付対策費として餌代・除雪費・給餌パトロール費・試験費・諸雑費などに500万円位を要したが、例年の立木被害5,000万円~1億円に比べれば1/10~1/20に過ぎず、環境・生態の破壊からも守られたと言うことになれば金に代えることのできない大変な成果があったといえる。ただし、この冬だけの結果からだが。
うかつだといえばうかつ、怪我の功名といえばそれまで。
結果的に餌付の効果を歴然として教えてくれたのが財団の森林で餌を配置しなかった雌阿寒岳登山道の92林班と93林班(図-1参照)の被害である。被害(表-2参照)は、面積150ヘクタール内に11樹種・本数で2,929本・材積で790立方メートル、1ヘクタール当り5.3立方メートルとなり、例えば、これを全森林に換算すると19,000立方メートルという大変な数字になる。もし、餌付をしなかったら財団の森林は壊滅的な被害を受けたかもしれない。
有害駆除の実施にあたっては、地元阿寒町や猟友会とも十分な連携を採りながら進めている。まず、財団森林の地理・地形などに精通した阿寒湖畔在住の猟友会釧路支部阿寒湖部会員24名に限定した。また、一般の人が入れないようゲートでチェックできる北部地域の車馬乗入禁止地域に限定。11月から1月(今年度は2月)の狩猟期間中は、一般のハンターが紛れ込んだり密猟を防ぐため中止した。それでもこの2~3月に2回、7~8頭の密猟が確認されており、急いで解体したため血や胃の内容物や内臓、頭、皮等が散乱した生々しい現場を押さえている。このため地元警察駐在所の協力を得て厳寒の深夜パトカーと一緒に張り込んだこともあるが、どうも誰かがわれわれの動静を携帯電話などで連絡するためか捜査網にかからない。今年は、警察のパトロールを強化してもらうとともに温泉街の検問を通過しなければ行けないように町道の除雪に配慮してもらっている。また、事故防止のため山林事業や視察・研修、取材などを優先して時間制限したり、湖上で行事のある日は駆除を中止させている。入林は二人以上を一組とし、単独行動は認めていない。ハンターは、前日までに名前と車両番号を申告させ、ゲートの鍵は前日夕渡しの当日返し。駆除地域には調査や作業などで人の出入りがあるので、日によって駆除区域を林班単位で制限している。
解体したあとの残滓は財団特製のビニール袋に入れさせ、ゲート脇に設置したゲージ(写真-10)に保管、財団が毎日クレーン車で回収、ゴミ処理場へ運搬している。このビニール袋は、普通買えば大袋一枚毎作るので1,500円位するが、1ロール単位で作らせれば250,000円で2,000枚採れるので一枚の価格は125円で、オスジカ1頭を入れることができる。内蔵だけ入れる中袋は1ロール375,000円で5,000枚採れるので一枚の価格は75円、毎回会員に大・中袋を必要枚数だけ渡している。
有害駆除の結果はハンターが鍵を返しに来た時、ハンターの名前・時刻・場所(林班)・頭数・性別を、備え付けの台帳に記入する。
平成11年度の財団森林内の有害駆除は、平成11年9月1日から平成12年3月31日迄の213日間の内、狩猟期間を除く110日間許可を得たが、実際には前掲のような安全対策を採ったため40パーセントにも満たない42日間で、出動ハンターは延144人、駆除成果は雄33頭、雌79頭の合計112頭、出動したハンターの1人・1回当りの駆除数は0.8頭、日時や場所を特定するという厳しい条件下であったが、出動すれば一人1頭位駆除できたことになる。
有害駆除については平成11年にはじめて実施したので、被害防除の効果については不詳である。
最近、春先になると財団の山からエゾシカが涌き出てくるとまことしやかに吹聴される。冗談ではない、こちらこそ迷惑な話である。財団の森林は、エゾシカの駆け込み寺になっている。11月の猟期に入って1週間もすると、ハンターの目を逃れたエゾシカの群が財団の鳥獣保護区に入ってくる。もともとエゾシカが棲んでいた森林が伐採され、造林地になったり畑や草地になったため棲めなくなり、厳しい冬期間の越冬環境として身の安全を求めてやってくる。風雪を遮る下枝の張った針葉樹の大木があり、餌となるササや広葉樹があり、湧水で涵養される凍らない水呑場があり、安全な鳥獣保護区があるからである。
被害の状況から推察するととても森林の樹木と共生できる数ではないと思う。数が多すぎるのである。
エゾシカが厳冬期の積雪下で餌を食べ必死に風雪に耐える凄まじいまでに壮絶な生き延びる姿、一方、樹皮を剥がされた無残な樹が林立する森林の姿を見てほしい。自然と自然の相克である。しかし、原因は人間の所業かも知れない。
新聞やテレビ、シンポジュームなどの情報も大切であるが、是非、現地を見て一緒に考えて欲しい。事業的な実績や裏付資料のない評論家的な話しや他人事のような判断をされても被害は防げない。
現地を見てから判断して欲しい。
貴方ならどうする
(1)自然環境の調査・研究に十分な金を
これまで必要な調査・研究に満足な投資をしてこなかったため基礎的データーさえ不充分。
現状の調査・研究費の少なさから言って、どれだけ金をかけてもかけ過ぎることはない。
(2)森林環境の整備に十分な予算を
森林の持つ経済的、公益的、教育的、文化的な多様な機能に照らせば、森林環境の整備は生物
生存に関わる人類共通の重要課題。受益者負担による目的税の創設と環境政策予算の倍増を。
(3)森林の持つ公益的機能評価に関わる総合調査の実施を
国民を納得させるだけの経済的価値評価の徹底的調査・研究と国民への啓発運動の展開
(4)野生動物の生息環境の確保を
野生動物の棲める場所の確保。
せめて道内の自然公園・自然環境保全地域・環境緑地保護地区等約90万ヘクタールを野生動植物の聖域に。
(5) 生息環境に見合った頭数管理を
今日のエゾシカの問題の主因が人にあるとすれば、解決するのも人間でやるしかない。
エゾシカの被害や個体をモニタリングしながら生息環境に見合った適正頭数にコントロールしていく。
(6)過剰個体の有効活用を
狩猟民族や欧米の事例と調査・研究に学ぶ。
積雪が60センチメートル位までは、雪を掘って笹や草の葉や根を食べる。かつては腰から胸の高さまであった笹は、地上を這うような背丈にまで退化させられている。河畔林内はフッキソウやハンゴンソウなどに植生が変わってきている。
前田一歩園財団が管理する阿寒湖周辺約3,600ヘクタールの山林で繰り広げられてきたエゾシカによる樹皮食の被害状況やその防除対策については、北方林業2001年(平成13年)2・3・4月号(Vol.53・No.2~No.4)に「阿寒湖カルデラ・エゾシカ奮闘記(1)~(3)」として紹介したところであるが、その後の給餌事業の取組や成果、今後の課題などについてお知らせしたい。
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阿寒湖カルデラの厳しい冬を過ごすエゾシカがどのような習性を持ち行動をとっているのか、現地で観察されるエゾシカの動静や関係者の話からまとめてみると、以下のように要約される。勿論、その年の雪の量や質、山の草木の作柄、生息環境や頭数などによっても違いはある。
などである。
初めてエゾシカに餌を与えるにあたり「給餌箇所」、「給餌期間」、「給餌量」をどうするか、また、具体的な「餌の手当」、「保管場所の確保」、「除雪対策」、「給餌・監視体制」、「研究機関への調査依頼」についてもどうするか佐藤健二氏の指導も得ながら、財団と一歩園林業の責任者と作業員で検討していった。
餌場を覚えたエゾシカは、サラリーマンのように定期的に通ってくる。通い道が土や糞で染まってくる。同じ仲間に見えても順位があり、上位の群や個体が引き下がるまで付近で待機している。野生動物の掟は厳しい。
初年度の初給餌に際して、餌付きをよくするため糖蜜や岩塩を餌に添えた。給餌台は雨露をしのぐためドラム缶で造ったが、阿寒湖畔のように、常時、氷点下10度以下の箇所では、木製台のほうがエゾシカには評判が良い。
固められているビート滓の餌が水分を吸うと膨張して崩れ、その容積は3倍以上に膨れ上がる。ホタテ貝の貝柱と同じだ。
だから、食べ過ぎて胃をこわさないためにもできるだけ固くて齧り難い餌が良いことになる。
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(1) 給餌箇所……… 別図参照(「給餌箇所位置図」)
計画段階では、調査や観察に便利で入林者を規制できる北部山林(104~120林班)約1,500ヘクタールに10箇所(記号「3」~「12」)と報道機関や視察者用に中部山林(95・97林班)約120ヘクタールに2箇所(記号「1」~「2」)の合計12箇所に配置することにした。
しかし、実際、現場に行って給餌をしながら視野に入ってくるエゾシカの数や糞の量、通り道(ディア・パス)の状況を見ていると、これまでの被害の惨状が頭から離れず、結果的に、試験的・計画的に実施する予定であった給餌パイロット事業は、給餌開始時期の最も早い箇所の12月20日から最も遅い箇所の4月19日まで4ヵ月間もずれたものの、全山林を対象に実施することになってしまった。
追加した箇所は、
二年目は、現場で確認されるエゾシカの数などを勘案して、さらに4箇所(記号「新」◎印)を追加し、全域で33箇所となった。
これらの給餌箇所は、いずれも阿寒湖畔と阿寒川沿いの海抜350~700メートル(湖水面は419メートル)の範囲内にある。
(2)給餌期間……… 別表-1参照(「箇所別給餌期間」)
エゾシカが餌に付き易いように糖蜜をしみこませたり岩塩を加えたりした。結果的に7~10日位で群れて付くようになった。一旦、餌に付いてしまうとエゾシカの数はどんどん増えて、餌だけでも付くようになった。二年目になると仲間を誘って早くから給餌場所付近に来て待っているように観察される。
野生動物に餌を与えるということでヒグマには最も気を使っている。阿寒湖カルデラのヒグマは年によって違いはあるものの、12月中旬に穴に入り3月下旬から4月上旬に穴から出てくる。特に、餌や餌に群るエゾシカにヒグマが付かないよう冬眠に入るのを確かめ、初年度は平成11年12月20日、初めての餌を108林班「12」に配置してスタートさせた。2年間の観察では、春先、冬眠を終えたヒグマが餌を配置した33箇所周辺を徘徊している様子は確認されていない。
現地の巡回パトロールを徹底させ、エゾシカの数や糞、通り道(ディア・パス)の足跡などからエゾシカの動静を確認し、給餌の開始や終了の時期、餌の量などは現場責任者の判断に任せている。
初年度の給餌開始時期は、12月20日から翌年4月19日までのサミダレ式となったが、最終給餌は4月末まで続けた。給餌期間は箇所によって、最短12日間から最長130日間である。
二年目は初年度の経験を生かし、1月5日から1月20日までに集中的に配置し、最終給餌は3月31日で終わらせた。給餌期間は、最短70日間から最長85日間と初年度に比べれば各箇所とも短期・集中型で実施したことになる。
(3)給餌量………
別表-2参照(「月・旬(上・中・下)別給餌数」)
別表-3参照(「月・旬(上・中・下)・常時餌配置個数別箇所数」)
計画段階では、1箇所に1個の餌を配置する考えでいたが、実際、餌に付くエゾシカの数や行動を見ていて、給餌の箇所数や一箇所に配置する餌の数を加減していく必要を痛感し、その後は現場担当者の判断に任せ、エゾシカの数や餌の減り具合を見て配置数を加減していった。
二年目からは、最初からエゾシカの数に合わせて一箇所に常時1~13個の餌を配置した。給餌総量は初年度の1,023個から1,842個と8割も増加した。エゾシカの数が増えたのか、一頭当たりの食べる量が増えたのか決めてとなる根拠はないが、どちらも関わっていると思われる。というのは、毎日、往復60キロメートルの餌補給とパトロールの際、視野に入ってくる個体数をカウントしているが、給餌期間中一年目の5,700頭に対し二年目は10,200頭と約8割多いこと。また、初年度、財団の森林に隣接する尾根の反対側や阿寒川を挟んだ区域で近くに給餌場があるにもかかわらず移動することもなく痩せた体で樹皮を食べていた群が見られたのが、二年目から全く姿を消してしまったことである。その上、財団以外の森林を見て歩いても新しい被害が見られないことから、阿寒湖カルデラで越冬しているエゾシカの大部分が財団の給餌場に来ていると見ざるを得ない。
初年度、始めから終りまで常時1個の餌を配置した箇所は13箇所であったが、二年目には5箇所であった。現地の報告では、1箇所に1個の餌では強い雄が餌を独り占めにしたり、群や雌にも優劣があって順位の低い個体が待たされていることが確認されている。
二年目からは、最初から一箇所に常時、平均3~4個の餌を配置したので多くの個体が勢力の優劣に関わりなく、待たされることもなくゆったりと食べている姿が観察されていることから、一頭当たりの餌の量も増えていると見ている。
また、給餌台(写真-2参照)は、雨露を防ぐということでドラム缶製(記号「1」~「12」の給餌箇所)を使用したが、エゾシカの数が増えるのに合わせて給餌箇所や配置個数を増やしていったため、急遽、現地の木材(記号「あ」~「か」、「イ」~「ヘ」、「A」~「E」の給餌箇所)で製作し充当していった。
ところが良く観察して見るとドラム缶の屋根部分が頭を突っ込んで食べるのに邪魔になったり、個体によっては頭上から圧迫を感ずるのか警戒するしぐさが観察された。木製の方へより多く集まる傾向が見られた。また、餌が雨や露などによってふやける心配をしたが、阿寒湖畔の冬期間の月平均気温は、1月-11.5℃、2月-10.7℃、3月-5.5℃であり問題ないことが判った。
餌の減りようから、1,000ヘクタールの人工林を含む南部地域は、阿寒川流域の狭い天然林内に中部や北部地域の倍近くの頭数が集結していると推測される
初年度の被害は、既に報告したとおり給餌しなかった雌阿寒岳登山道がある92~93林班の149ヘクタールに集中し、本数で2,929本、材積で790立方メートルの被害を受けたが、二年目は、山林全域に餌を集中的に配置したこともあって、被害は全山で100本弱、材積換算で20立方メートルという信じられない被害量となった。しかもこの少ない被害も76・92・94林班の常時2~5個の餌を配置した箇所に集中しており、餌の量に対して頭数が多かったため、餌の順番を待ちきれない個体が餌場付近の樹皮を食害したものと判断される。頭数に見合う十分な餌を与えておけばこの被害は防げたと考えられる。
冬期間のエゾシカの行動が、これまでの山林全域をさ迷い歩く面型から、餌場とねぐらの周辺やこれを結ぶ通い道(ディア・パス)周辺に集中する点・線型に変わってきていることである。したがって、被害の把握方法は、これまでの毎木・標準地調査によるよりも踏査と目視によって少い時間で正確に把握できることが解かった。
異常に少ない数字だったので思わず「この被害量、本当なのか」と責任者に問い直したくらいである。
これまでの20年間、毎年、立木材積に換算して5,000~10,000立方メートル、10トントラックで400~800台分に相当する被害を受けていたことを思えば、夢のような出来事であった。僅か2年間の結果ではあるが、是非、この驚異的な成果を現地で見ていただきたい。それも2~3月の厳寒期に来て見ていただきたい。
かつて林業界においてこれほどまでに画期的、驚異的、かつ効果的、効率的な事例があったであろうか。
これまでの2年間の給餌から、以下のことが考えられる。
この驚異的な成果を挙げた「ビート滓ブロックによる給餌」を財団に勧め、現在も助言・指導をお願いしている発案者である佐藤健二氏(写真-3参照)を紹介したい。
氏は、若い頃から趣味としての狩猟を通じて北海道の山野を駆巡っているうちに野生動物に関心を持つようになり、特に、エゾシカの美しく躍動する姿・形の魅力に取り憑かれるようになった。30年位前からエゾシカの渡りに興味を持ち、移動ルートを確かめるため道東の山々を隈なく走り回り、これまでに2台も四輪駆動車を乗り潰している。
その貴重な記録は図面にまとめられ、何処にもない、誰も知らない、何物にも変えがたい佐藤氏の貴重な宝物だ。その成果は野生動物の移動に配慮したオーバー・パスやディア・パスとして道路建設などに活かされている。一般的に移動ルートは決まっているが、森林伐採や草地造成などによって環境が改変されると変るという。
平成元年、池田町に鹿実験牧場を自費で開設。100頭余りのエゾシカを飼育することにより習性や行動などを詳しく観察、移動ルートを含め自らの足で稼ぎ五感で身につけたまさに現場、実体験型の泥臭いエゾシカ博士であり、この人の右に出る者はいないだろう。
財団とエゾシカ給餌との関わりは、平成10年の秋、池田町に鹿実験牧場を持つ佐藤健二氏がビート滓を固形化した餌をエゾシカに与えたところ牧場内の樹皮食いが全く見られなくなったとの話を聞き、財団と一歩園林業の担当者を現地に派遣したことから始まる。
実際、佐藤健二氏は、ビート滓餌をエゾシカに与えることによって樹皮食いが押さえられることに大変興味を持ち、牧場だけの小規模な試験にとどまらず平成5年からは浦幌町と阿寒町の民有林を借りて大規模な試験も実施しており、すでに8年間の実績を積んできている。現場型、実践型の貴重な成果にもとづき、全面的に佐藤健二氏の協力と指導をいただくことにしたのである。
それ以来、年間を通じて財団の森林に足を運んでもらい現地指導をいただくとともに、エゾシカの習性や生態などの興味あるお話を聞かせてもらっている。
できれば阿寒湖カルデラのエゾシカがどのような行動を取り、餌付けによって習性がどう変ってくるのか確かめたいという。そのためにカナダからマーキングに必要な特殊な器機を取り寄せるなどその研究熱心さには敬服する。エゾシカについての学問的な理論とか専門的な知識はぬきにして、この人の右に出る人はいないだろう。隠れた人材、逸材だと思う。
まさに、財団にとっては阿寒の森林をエゾシカ被害から救ってくれた大恩人である。
2年間のエゾシカ給餌事業を通じて、
などの課題を解決していかなければならない。
まず、経済的で効率的な給餌事業を進めていくために給餌箇所の削減、給餌期間の短縮、給餌量の減少を図り、できるだけ早くエゾシカを阿寒湖カルデラの外へ移動させることである。そのマニュアル作りのために移動ルートや餌との関係を解明する必要がある。
また、樹皮食い防止だけでなく、稚樹や幼樹の食害も防がなければならない。
餌についても軽量コンパクトで、餌付きが良く、齧り続けても腹6~7分目しか食べきれない長持ちする餌を開発する必要がある。餌の原料については、格外農産物や澱粉滓、果汁搾滓など植物性の安全で安価なものが考えられないだろうか。
さらに、観光客や報道機関のためにエゾシカ・ウォッチングの観察施設を設置したい。
気になることは、エゾシカが何時までも餌に付いて離れず、一年中、阿寒湖カルデラ内に留まることである。
エゾシカの森林被害防止対策として給餌が効果的であることはある程度予想されたことではあったが、まさか二年間でこれほどまでに効果的、驚異的な成果が得られるとは思ってもいなかった。
この20,000ヘクタールに及ぶ広大な阿寒湖カルデラ全域のエゾシカを、総延長30キロメートルの林道付近に設置した33箇所の給餌場の常時最大配置個数100個の餌が引き付け、森林被害を完全に防いだのだから。
今後2~3年給餌事業を継続実施し、エゾシカの生態系に影響を与えない方法を考えたい。
これまで実施してきた樹皮食防止用ネット巻きは、児童・生徒の自然体験学習やボランティア活動のために、効果とは別の観点から継続実施していきたい。
エゾシカ防除対策事業は、阿寒湖カルデラの行政界・所有界を越えた流域全体の問題であり、流域管理システムのモデル事業として位置付けられるだろう。
今後、財団だけでこの事業を実施していくことは、組織的、財政的にもきつく、是非、大学や研究機関の助言や提言を含め、行政の支援をお願いしたい。
これまで財団の森林を視察・研修の場として訪れる方々は、エゾシカの被害状況と防除対策を見るのが主要な目的の一つであっただけに、その目玉の被害現場(写真-4参照)が無くなるという何とも複雑な心境にある。しかも、数年後には、阿寒湖カルデラの森林からエゾシカの被害の痕跡すらも無くなってしまうかも知れない。
21世紀は環境の世紀であり、森林が持つ経済的、公益的、教育的、文化的多様な機能や役割が多くの人々に理解され、近い将来、国民の林業に対する支援のいただけることを願いながら、阿寒の森づくりに取組んでいきたい。